過去世

鎌倉幕府①今世の、魂の旅のはじまり

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私は、今世、今でこそデンパな道をたどっている。
しかし、これでも10年前くらいまでは、OLをしていた。

機器メーカーで、開発と修繕以外の部署をかけもちで仕事を押し付けられていた。
そう、何でも屋状態である。

システム屋との打ち合わせ、営業事務、貿易事務、会議用資料などの作成で管理職の秘書的な業務など。
英語は口頭の会話は無理だけど、ビジネス英語をつかった事務がある程度できるようになったのは世界各国からのクレーム処理を担当していたからだ。


毎日ヒイヒイ泣きながら、仕事をしていたのを思い出す。
その時の自分の現状がいやで、なるべく高い精神性をもとうとして昼休憩も勉強していた。

朝昼夜、ストイックな生活をおくって、テレビを見ずに読書、勉強。
ヒプノセラピーや風水を学んでいたので、数年後に独立開業しようと考えて準備をしていた。


そんな生活の中で、毎朝毎晩、20分以上の瞑想を日課にしていた。
そのため、夢見が変化していた。

そう、霊的なお告げの夢や、過去世の夢が増えたのだ。

ある時不思議な夢をみた。


戦国時代のような風景だ。その風景の中で、誰かが片目に矢を射られた。
そう、片目に入られた矢を抜こうとする少年。彼は、私の先祖だった。

私の父方の家系は、辿ると村上水軍になる。
元海賊だ。ちなみに父方の母方は平家だ。そのため、稲荷神がついている。

母方の家系は、母方は忍びの末裔のようで、全国武者修行していたらしくその巻物と刀が代々あった。
しかし、刀は先祖が賭博で失ったらしく、今宮島にあるらしい。
巻物は、本家にある。

そして、母方の父方は、香川氏といい、桓武平家を起源にもち、鎌倉権五郎景政公からはじまった鎌倉幕府の鎌倉氏の流れを汲んでいる。香川氏は、数年前に土砂災害にあった広島県にある八木、あのあたりの大蛇討伐のために東から西におくられた。
つまりは、左遷だ。

大蛇討伐というのは、多分川が氾濫した後の整備のことで、その地鎮やらいろいろと任され、そこにいついたのだ。
母方の父方の屋号は、「室屋(むろや)」といい、あのあたりが昔そう呼ばれていた土地なので符号は一致する。

私は、幼いころから、自分の先祖にまつわる夢をよくみてきた。その中でも、八木のあたりの夢はよく見ていた。
そして、あの辺りは地霊が凶暴なので人を住まわせてはならないということも、お告げできいていた。

何故なら、あそこは、いわゆる蝮の集合無意識のような地霊だからである。
凶暴で、人を嫌い、力が強いのだ。人が住めば、皆人柱になってしまうくらいである。

その近辺はだいたいそうだといえる。


そんなこんなで、私の先祖にまつわるものを、うちの兄もよく見つけていた。
例えば、小学校の図書室に置いてある、石森章太郎の日本の歴史のある巻を借りて帰り

「うちの先祖がのってたよ!」


とうれしそうに言っていた。そう、その巻は、東北で勃発した後三年の役からはじまる章だった。

当時、大人気だったマッチョマン・武士の英雄である源義家八幡太郎なども登場する。
鎌倉権五郎は、マッチョマンの義家に付き従い、東北の後三年の役に初陣で出陣し、功績を成し、鎌倉に領土を与えたと言われいる。そう、もちろんそれは表の歴史だ。



私は、中学校高校の頃、本当に日本史がだめだった。こたえられたのは、大森貝塚のモースくらいで、あとは年号も何もかもがちんぷんかんぷんだった。イメージが浮かばない歴史的事実をのべられ暗記することも無理だったし、年号を覚えるのがまず無理だった。

OL時代のある日、私は会社で暇をこいていた。
そう、いつも仕事を押し付けてくる営業軍団も、別の部署も留守なのだ。
だいたい留守、といえばすることは1つ。サボりである。

「しゃー!今日はネットで遊ぶぞ!」


そう言って、1人珈琲片手にネットサーフィンをしていた。
その時、ふと夢のことを思いだした。


「鎌倉、権五郎、景政、と」


記憶を辿り、自分の先祖の名前を入力し、検索した。
どれも、だいたいは見たことのある文字の羅列だった。

検索結果を見ながら、いつもは出ないものを発見した私はクリックした。


そこには、茨城県牛久市、とある。

「あれ?なんで、牛久?」


そう、鎌倉権五郎をまつるのは、鎌倉の長谷にある御霊神社だ。
当時、付き合っていた彼氏にふられた私は、吉川という名字の親友に呼ばれてその神社にいった。


その神社が、自分の先祖をまつっていることを知らずに。そして、私はその神社に二度目に
訪れた時に、その神社の由緒をしった。


ネット情報によると、鎌倉権五郎景政公は、後三年の役で、初陣を飾る途中に牛久で死んでいたとされている。
そう、牛久で怨霊としてまつられていたのだ。


長い長い道のりを、歩きながら、片目に刺さった矢をぬくことができずに。

誰か助けてくれないかと、一軒一軒戸を叩き、追い返されて。

最後は、桂川という川に、馬ごと転落してしまい、死んだ。
翌日、村人の十手持ち(今でいう警察)が発見して、川の付近に埋葬した。
その墓は、今でもある。

そういう情報だった。


私は、唖然とした。日本史が赤点の私は、難しいことはよくわからないけれど直観的にこう思ったのだ。


「きっと、景政公は、村人がたすけてくれなくて絶望したんだ。
それに、彼が功績をなしたといって、領土をもったのも嘘だったんなら。


きっと、彼は、皆をうらんでるに違いない。私は、子孫の代表として謝りに行かなければならない。

自分は死んでいまでもまつられているのに、のうのうと生きてる子孫は別人で名前だけ継いでるなんておかしい」


そして、GWに行く計画をたてた。
一緒に行ってくれそうな人物は、自分の中では、ソウルメイトのYちゃんだった。

Yちゃんくらいしか、こういうことはわからない気がしたし、他に浮かばなかった。


そうして、私はYちゃんを誘って牛久に行った。






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